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ビジョンを見たか?

ネィティブ・アメリカンがビジョン(霊視)という表現で、未来を映像で見て、予知するというものがある。

まるで、その映像の中で、実際に自分がその場にいたかのような感覚を覚える。

私は覚醒状態から、完全に逸れ、落ちぶれていた頃、ネットサーフィンをしていて、千葉県の松戸駅の画像を見ていた。

すると不思議な意識状態になり、松戸駅周辺を大きな荷物を抱えながら、うろうろと歩き回る自分の姿が見えた。

俺が松戸に住む?考え難い。。。

しかし、数年後、私は禁欲修業に励み、仕事が終わったら周辺の寺院で夜中まで真言行をし、松戸駅周辺のネットカフェを寝場所にする、という生活を一年程することになった。

同じように、昔よく行った水族館で働くビジョンを見た。

水族館で働くには、水産大学を出ていて、かつ適正がなければ就けない。
売店?食堂?求人に空きなんて滅多にでないだろう。。。

しかし私は警備員としてその水族館で実際に働くことになった。


千葉で生活するようになり、しばらくして、私は休日にサイクリングをしていた。

川沿いに目をやると、ホームレスのように野宿している自分が見えた。

マジで?ホームレスやると?

しかし、実際に私は半年程、ホームレスのように荷車を引き、野宿する日々をすることになった。

浅草を散歩していた、このビルに住むことになる。。。

ここ、レンタルオフィスじゃん。
周辺は騒がしいし、修行には不向きだろう。。。

しかし、実際に(笑)

そしてビジョンは少し遠い未来を見せた。

私は、長髪を後ろで束ね白髪混じりになっていた。(50代くらいか?)

南国、ピンク色の夕焼け、ヤシの木のような街路樹、綺麗に舗装された道。

何故だか、そこがハワイだと解った。

私の傍らには10才くらいの女の子がいた(娘か?知人の子か?)

故郷の日本を思い、悲しい気持ちになっていた。

修行は続けているようだった。


今のところ視たビジョンは100%、現実のものとなっている。


ビジョンは内なる絶対が見せている。

この世のものの、一切の本質は空であり、この瞬間以外は幻想である。

定められた霊的映像を時々、神は見せる。

空の意識状態の中での、感受こそ本質であり、目耳口鼻身意による観測はタイムラグのある幻想である。

Blogタイトルをお着替えしたが、どこにでも行ける、というのは本当である。

内なる絶対が、世界中どこへでも連れて行ってくれる。

まるで、本当にその場にいるかのような感覚がある。

霊視、霊聴、霊感

全ては霊現である。
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