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定義的勝利と実質的勝利 

定義的勝利、実質的勝利。

様々な定義に於ける勝利。
スポーツ、芸能、ビジネス、etc...

ある定義上で勝利しても、実質的幸福が伴わないことはままあることだ。

勝負に勝って自分に負けるというやつだ。

勝つ為に不義を働く、真の自己の声を無視してしまう。

本当ならば、この世界は、全員が勝利者である。

しかし、我が誰が勝った負けたと騒いでいる。

真の自己との一体という永久勝利に目を向けない。

偽我を称え、真我をないがしろにする。

そして、勝ち続け、負け続ける。

定義的幸福と実質的幸福と置き換えることもできる。

偽我は言う。

「こんなことをして何になる!」

こう答えてやろう。

「お前という幻想を滅ぼし、永久勝利を手に入れる!」と。

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はずれ者 

私はここ1年程、ギャンブルと投資がなくなった時用の日雇い仕事だけで生活している。

社会の底辺ですら無い。

社会のはずれ者。

私はギャンブラーです。


朝からスロット店に出向き、紙幣を投入し、コインで遊戯する。

原始仏教の戒律では賭博は禁止されている。

最初は戸惑いましたが、何度も命預けた、内なる絶対がやらせる。

ギャンブラーである自分は許容し難い、明日にでも辞めたい。しかしやる。

宿命なのでしょう。

金持ちになったり、貧乏になったり。

昼飯に寿司食ったり、負けて飯も食えなかったり。

家賃滞納は基本設定。
電気ガス水道が利用停止寸前もしょっちゅう。

自己が壊れて、アーとかウーとか言いながらスロット打ったことが何度あったことか(同化はしないが)

極限状態の時に、私の主であるシヴァ様がスロットマシンの裏側から大当たりランプを押す映像が見えて、実際に大当たりランプが点灯することも何度もあった。

いや、我が修行を自慢したい訳じゃない。

どんな仕事だって極限状態は味わうものだろう。


日雇いの仕事で、ガラスの飛散する解体工事現場で働いたことがある。

ひとつ何か誤れば、全身血まみれ。

無にならなければ活路は無かった。


ギャンブラーとて同じということ。

ホームレスになる覚悟がなければ続けられない。気が狂ってしまう。

一昨日は全財産10kまで追い詰められ、月末支払いの家賃には到底足らず。

滞納が多いからいつ退去勧告があってもおかしくは無い。

内なる絶対は投資を指示する。

投資2k、大当たりのプレミア告知だ!

見事大勝し、無事家賃を払えました。

今日は休みで、近所の公園で、鳩と鯉と一緒にパン食べて、100均で買ったオモチャのギターで琉球音階弾いて遊んでました。

鴨が泳いでいた。

留まることなく。

私のMAXBETボタンを叩く手も、動いていた。

留まることなく。


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テレビ 

Youtubeは好きなyoutuberがいるのでよく観る。

映画もたまに観たいな、という作品もある。

問題はテレビだ。

久しぶりに携帯のワンセグのテレビを見ながら晩御飯を食べていた。

しばらくすると、

あ~もう瞑想なんて辞めよう。。。

良いじゃんもう適当に生きよう。

という思いが猛烈に襲ってきた。

不審に思い、テレビを消すとそれはピタっと止んだ。

テレビはマジで人を堕落させる何かを発している。

支配者達が何かを仕込んでる。

テレビは無明を美化している。

この無明社会の大悪はテレビか。

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唯一の興味 

自分の運命にしか興味は無い。

しかし、他の何に興味を持つべきだと言うのだろう。

今ここ。

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他ならぬ自分 

苦しみの原因は、他ならぬ自分が作っている。

なんでこんなに苦しいのだろう?

なんでこんなに辛いのだろう?

自分は、自分が。

存在の確かな証拠の無い、自分。

しかし、そんな自分に、隷属している。

瞑想を続けていけば、次第に苦しむことも増えるだろう。

しかし、その苦しみの原因は、他ならぬ自分が作っている。

内なる錯覚から離れる為、ひたすら観る、観る、観る。

幻想の人生は終わる。

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変なblog  

何故、これほどの歓びを隠すのか?

幸福のビッグバンだ。

もういつどこでどのように終わっても構わない。

追及して良い。
追及して良い。

真理に基づいていれば神が保証してくれる。

宇宙で逢いましょう。

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行き詰まったら 

行き詰まったら

「なんとかなるさ。」

なんとかなるさ、は最上マントラのひとつである。

あらゆる悩み苦しみを吹き飛ばし、宇宙と一体化することができる。


なんとかなるさ。

だから、自己を手放そう。

放棄の徹底した実践が瞑想である。

なんとかなるさ。

今という、時の美を楽しもうじゃないか。
 

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