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これは夢だ。 

これは夢だ。

ありのままを観ること、しかできない。

夢の中でジタバタしたって、どうにもならない。

魂が見ている夢だ。

自己は夢の虚像。

私は、今、これを観ている。

風の前の塵に同じ。

塵にできることなんて、何も無い。

風を称えることだけだ。

幸せな塵でいよう。

幸せな塵は、風とひとつだ。

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同じである。 

blogタイトルとサブタイトルを変えました。
変えるのが楽しいっていうのもあります。

少し思い当たったのですが、ここ最近、blogタイトルに心の在り方を象徴するような表現とその変遷が多いですが、表現が違うだけで本質は同じです。

無になること
ありのままを信じること
宇宙意志を信頼し、心配事から離れること。

宗教的技法によってヴィパサナーすること。

無になれば、ありのままが在るし。
ありのままを信じれば無になるし。
宇宙意志を信頼すればまた同様に。

ありのままに、宇宙意志に逆らう心がなければ、ヴィパサナー(ありのままを観る)になるし。

そしてありのままを観ることで、時間と空間をさ迷わない心の状態を
「今ここ」と、当blogでは表現しています。

心が「今ここ」にあれば、人それぞれ、自分にあったスタイルで良いと思います。


タイトルとサブタイトルがコロコロ変わるけど、ここは変わらないよっていうお断り。

まあ僕のblogに感化される人なんて殆どいないと思うけど。。。

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唯一を選ぶ 

今ここ、今ここ、今ここ、今ここ、今ここ、今ここ、今ここ、今ここ、今ここ。。。

愛しか残らない。

愛以外は全部捨てる。

愛以外は不正解。

愛が本当の自分。


この世の全て、関係無い。

私は、あるがままの全てを、愛している。

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人類史上一番純粋な民族 

ネイティブ・アメリカンの古老オリア・マウンテン・ドリーマーの言葉。


あなたが何で生計を立てていようと、わたしには興味はない
知りたいのはむしろ、
あなたが何で胸を痛めているか、
そしてあこがれとの出会いを夢見る勇気を持っているかどうかだ

あなたが何歳だろうと、わたしには興味はない
知りたいのはむしろ、
あなたが愚か者に見えるのも覚悟のうえで、
あえて愛を、夢を、生きるという冒険を求めるかどうかだ

あなたの星座が何座であろうと、わたしには興味はない
知りたいのはむしろ、
あなたがあなたの悲しみの中心に触れたかどうか、
そして人生の裏切りによって心を開かれたのか、
それとも縮み上がり、さらなる苦痛を恐れて心を閉ざしてしまったのかだ

わたしの苦痛だろうと、あなたの苦痛だろうとかまわない。
あなたが苦痛に耐えられるかどうか、そして苦痛を隠したり、薄めたり、
とりつくろったりするためにじたばたせずにいられるのかどうか知りたい

わたしの喜びだろうと、あなたの喜びだろうとかまわない。
あなたが喜びとともにいられるのかどうか知りたい。
あなたが野生とともに踊り、手足の先まで歓喜に満ちて、
わたしたちに用心せよとか、現実的になれとか、
人間の限界を思い出せなどと警告せずにいられるのかどうか知りたい

あなたの話していることがほんとうかどうか、わたしには興味はない。
知りたいのはむしろ、
あなたが他人を落胆させることを恐れずに、
自分に正直になれるのかどうか、そして裏切ったと非難されても耐え、
自分自身の魂を裏切らずにいられるのかどうかだ

あなたが誠実で、それゆえに信頼できる人間なのかどうか知りたい。
きれいでない日常的なもののなかに美を見出すことができるのかどうか、
そして自分の生の源は神の存在にあるといえるのかどうか知りたい

あなたが失敗に耐え、湖のふちに立って、
銀色の月の呼びかけに答えることができるのかどうか知りたい

あなたがどこに住んでいようと、どのくらい金を持っていようと、
わたしには興味はない
知りたいのはむしろ、
悲嘆と絶望の夜の後、疲れ果て、
骨の髄まで打ちのめされて、それでも起き上がり、
子供たちのためにせねばならぬことをなしうるかどうかだ

あなたが何者なのか、どうやってここに来たのか、わたしには興味はない
知りたいのはむしろ、
わたしと一緒に炎の中心に立ち、しりごみしないかどうかだ

どこで、誰と一緒に、何をあなたが学んだか、わたしには興味はない
知りたいのはむしろ、
ほかのすべてが崩壊したとき、何があなたを内から支えるかだ
ひとりぽっちでも平気かどうか、
そして孤独なときの自分をほんとうに好きかどうか知りたい


ネイティブ・アメリカンは第三世界の人類史上、一番純粋な民族であったと思っている。

ネイティブ・アメリカン達には「私のもの」mineという概念は無いらしい。

全体にとって良からぬ精神性が見当たれば、部族追放。

不毛の大地での孤独、それは死を意味する。

全能なる神を大霊とお呼びし、日々、あらゆる場面で感謝を現す。

大霊への感謝、そして愛が、それ故の忍耐する様が、本当に美しいのだ。

ネイティブ・アメリカンにとって、神人合一している状態はあまり特別なこととしていないように見受ける。

人が覚醒することを、抑制をするような社会がないからとも思う。

深い入神状態に至るほど、敬われる。


しかし、彼らにも試練はやって来た。

ヨーロッパからのアメリカ入殖者達との戦いである。

史実ではアメリカ寄りの説明が多いが、民族浄化、侵略行為だ。

ネイティブアメリカンと交戦した兵士の証言で多く挙げられるのが、ネイティブアメリカン達は銃で撃たれても、
苦痛に顔を歪めることなく戦い続けたというのである。

頭部に損傷を与えない限り、何度でも立ち上がってきたそうだ。

苦痛に対する耐性が尋常ではないのだ。

トランス状態で戦闘する戦士も多かったようだ。

覚醒状態にあった頃、ネイティブアメリカンに関する書物が一番波動が高く感じたのを覚えている。

彼らは本当に謙虚で、大霊への愛が深く、とにかく美しいのだ。

ここまで高貴で、美しく、純粋に生きられるのなら、世俗的な基準の全てを捨ててしまおうかとも思えてくる。

神の道具として生きることを決めた兄弟には、ネイティブアメリカンに関する書物を是非お勧めしたいです。

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不動明王の霊言 

自分の今までと、これからについて、

御仏のメッセージを賜りたかった。

不動明王の御真言を修法し、
私の内に現れた言葉はこうだった。

「大丈夫だ、すべて上手く行っている。心配するな。
こう言って欲しいのだろう?


自分は、神仏や高次元の存在とコンタクトのとれる方に対して、憧れのようなものがあったのかもしれない。

具体的なメッセージを受け止ったとしても、それに絶対的信頼を置くのか?

霊言にとらわれ過ぎて、破滅する者も少なくない。

揺るぎないもの、それは
「今ここ」だけ。

改めて、御仏の偉大さに感服いたしました。

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