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定期的に来いよ 

やっぱ

修行するならば神社、お寺参拝は必須なのかもしれない。

日本は未だにコンビニの数よりも寺院の数の方が多いそうです。

道端の石像を含めれば断然でしょう。

通勤に使う道にお地蔵様がいらっしゃるので毎日ご挨拶しています。

休みの日に大きめのお寺に行って、時間をかけてお祈りしたところ。

家帰えったら突然部屋の掃除を始めて、今まで手付けてなかったところも掃除したりして。

御神気をもって帰るんでしょうね。

神が、仏がそうさせる。

本当に窮地から救済がなされる時は御霊が共にいてくださるのを感じます。

修行にいざなわれた最初の頃がそうでした。

天照様を参拝してから修行へといざなわれました。

御神気をもって帰って、御神気が離れないような生活ができたら良いのでしょうね。

週一で本格的な参拝、必須ですな。

週一で自然エネルギーのチャージ(ネイチャージ)、神社仏閣参拝、yes。

川沿いに住みたい。

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僕と貴方を隔てるものは無い 

仲間を欲しているのか?

師を求めているところはあるかもしれない。

一時的に娑婆を離脱するかもしれない。

結婚はするとしてももっと高齢になってからだろう。

覚醒に対する囚われは無いと思う。

ヴィ•パサナー、それだけだ。

時々、あの頃の視界が戻ることもあるが、無感想だ。

覚醒は表現出来ないことらしい。

しようが無い、無我だから。

解放感で叫びたくなる。

人を、世界を愛したくてたまらなくなる。

自己の満足?
幻が幻を幻しているのさ

あなたも、髪も、紙も、神なのさ。

全員が目を覚ましたら、どんなに素晴らしいだろう。

誰もが抱き合って、手を叩き合って、笑い合うだろう。

まるで悪い夢でも見ていたようだって…

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I hate myself 

artschoolというバンドが好きだ。

そのバンドの曲に『I hate myself』というタイトルのものがある。

ネガティブである。

というか、この曲だけでなくこのバンドの曲はネガティブなものが多い。

私も昔ミュージシャン目指して、作曲をしていた。

曲を書く時に大抵、自分を良く見せようとか、真理を掴んでるかのように演じたりとか、僕ハッピーです、うまく生きています、みたいな内容になる傾向があった。

実際はそんなこと無い。
自分の見栄と願望をギターに乗せて歌っていた訳で、当然認められず…

そしてプロのミュージシャンであるartschoolの曲や世界観は

自分が嫌い
生きること自体が不安でいっぱい

ネガティブな世界観にヘビィなサウンド。
しかし、芸術に昇華している。
何故か?
神が宿ったからだ。

サウンドは激しいが、私は発しているものはうるさく思わない。

むしろ美しいと思う。

不安だ、上手く生きられない、自分が大っ嫌いだ。

それを包み隠さず表現した。

これは曲を作って演奏する人なら良くわかると思う。

大勢の人の前で、自分のありのままをさらけ出すのは恐い。

バンドのソングライターである、木下理樹さんは自分の弱さを受け止めて、ありのままを曝け出す勇気を示すことで、作品に神を宿すことに成功している。

つまり、そこに悟りがあるから認められていると私は思う。

己の無明を認めることが、真理へ至る第一歩なのだ。




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ある筈の無いものを捨てる 

最近やりづらい。

なんか重たい。

軽くなろう!

無駄なモノを捨てよう!

この瞬間以外全部捨てよう。

I caaaan. Flllllllyyyyy

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下で見たもの 

禁欲、瞑想の日々に歓びを持てずにいた。

まぁ、やってらんねぇ、と思うようになった。

憎まれ過ぎ、気抜けな過ぎ、孤独過ぎ…

で、天に怒りを現したところ

心のコントロールを失った。


常に飢えに囚われる

仕事力は落ちる

不平不満ばかり思う

他人にも面白くない感情が湧く

こりゃ地獄だな、と。

修行していた方が幸せだ。

天まで伸びている綱を摑み、ひたすら登り続ける

不注意で高度を落とす

下にはかつての自分のように苦しむ人々の姿がある。




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