01 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28. // 03

四正勤 

.四正勤(ししょうごん)
 
 
四種の正しい努力。
1、まだ生じていない悪を新しく生まれさせないように勤めること。【律儀断(りつぎだん)】
2、すでに生じた悪を断とうと勤めること。【断断】
3、まだ生じない善を生まれさせるように勤めること。【随護断】
4、すでに生じた善を増大させるように勤めること。【修断(しゅだん)】
(「仏教学辞典」より)

師がいなければ、自分の修行の日々を監督するのは自分自身だ。

やはり、自己流であると、瞑想状態に悪い癖がついてしまったりする。

阿弥陀如来の修法を回帰点とすれば、内なる内在神に身を委ねる、という感覚が身に付く。

阿弥陀如来は無師独悟の道をゆく者の最上の師である。

しかし、台風の目の付近での洞察はシビアなものになる。

専修念仏を選択するからには、覚悟が必要だ。

座禅、結印、仏前の条件の元、修法するのが良い。

自分に合っているのであれば、真言という選択も良いだろう。


スポンサーサイト

[edit]

気づきの瞑想 

少し前の記事で南無阿弥陀仏をおすすめした。

南無阿弥陀仏が、マントラ瞑想において安定感が随一だという見解は変わらない。

が、マントラが合わない人もいるだろう。

そういう人には、「気づきの瞑想」というのも紹介できる。

気づきの瞑想とは、今の自分に気づいていることで、俯瞰状態になることである。

普段瞑想をしている人ならすんなりできるだろう。

例えば、合掌して、心を空っぽにして、ありのままを観るということをしてみれば良い。

そうすると、気づきの瞑想の状態になる。

心を空っぽにして、ありのままを観る。
人として究極の状態、それの徹底実践が、気づきの瞑想だ。

コツは力まないこと。

修法は、自分で納得して、自分で選択することだ。

そうでなければ、いざというときに、剣を手放してしまう。

[edit]

鷹の爪 

鳥の最大の武器は何か?

それは言わずもがな、翼だ。

雀や鳩は、隙があれば、地上の動物に狩られる。

しかし、鷹ならばどうだろう?

鷹には、鋭い爪と嘴がある。

隙があったとしても、うかつには、手を出せない。


求道者における、鷹の爪とは何か?

私は、それは「不動心」だと思う。

不動心が全てでは無いが、不動心の無い鳥は、雀と同じだ。

隙あらば狩られる。

不動心を養うには、性的禁欲。

不動明王真言の修法をおすすめする。

金の鷹に成るまでは、爪は研ぐ必要がある。

[edit]

修法の変遷 

長年修法を色々試してきた。

だからこそ解る。


南無阿弥陀仏は在家修法で最強だ。


勿論、他の修法を否定はしない。

要は「空」だ。


しかし、ブレと迷いが危険だ。

一度迷うと、そうそう戻れない。

結印無しで、安定した「空」の状態を保てるのはマントラでは阿弥陀如来だけだ。

南無阿弥陀仏を唱え続ければ、阿弥陀如来への絶対信頼が自然と備わる。

絶対信頼、不惑。

これが無いと苦しむぞ。

瞑想は本来、難しい。

確実なのは、禅か南無阿弥陀仏だと思う。

乗る舟は問題じゃない。

重要なのは渡岸するか、しないか、だ。

心が空っぽの時は、南無阿弥陀仏しているのと同じだ。

要は、安定、徹底。









[edit]